水色生活 〜とある女子大生の日々〜

自分の好きに自由に、そして一生懸命に向き合う生活を記録します。

「北斎とジャポニスム」展に行ってみた #1

こんにちは、吉田です。

 

先日遂に「北斎ジャポニスム」展に行ってきました。

開催場所の国立西洋美術館は上野のJR上野駅公園口から徒歩1分のところにあります。方向音痴な私でも迷わずに行くことができ、近くには上野動物園国立科学博物館東京国立博物館東京都美術館不忍池東京文化会館などの有名な建物も沢山ありました。(面白そうな街なので、今度一人探索でもして見ます。)

 

そして、実は北斎ジャポニスム展は2017年10月21日から開催していたのですが、まだやってるから大丈夫…って思ってたら行くのがギリギリになってしまいました。確か「エリック・カール展」も最終日あたりに行ったんですよね。反省。

また、流石に最終日の三日前だったからか、平日金曜日の午後に行ってもチケットを買うのに10分待ちでした。(微妙ですね。)

中に入ってみると、ロッカーがあって荷物を保管することができました。重い荷物を持ってきても安心ですね、身軽に集中して鑑賞できます。

 

やっと本題に入ります。

まず、今回の美術展で新たに好きになった画家と作品の紹介です、きっと印象派の画家が好きな方は共感して頂けるのではないでしょうか。

 

(1)「髪を結ぶ少女」ベルト・モリゾ 1893年 油彩/カンバス

(2)「青い肘掛け椅子に座る少女」メアリー・カサット 1878年 油彩/カンバス

(3)「母と子ども」メアリー・カサット 1889年 油彩/カンバス

(4)「舟遊び」クロード・モネ 1887年 油彩/カンバス

(5)「蛙に驚く絵師」アメデ・ド・カランザ/ジュール・ヴィエイヤール工房 1880年 ファイアンス、エナメル

(6)「菊畑」クロード・モネ 1897年 油彩/カンバス

(7)「アンティーブ岬」クロード・モネ 1888年 油彩/カンバス

(8)「波型鉢」クリストファー・ドレッサー/リンソープ製陶社 1879-82 陶器

北斎ジャポニスム 展示作品目次パンフレット より一部抜粋 

 

今回は、(1)ベルト・モリゾの「髪を結ぶ少女」について感想と解説を書きます。

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北斎とジャポニズム展 北斎と人物画、動物画(1) – 黒川孝雄の美

 

この絵は、部屋に入って少し歩いたところにありました。

画家の名前を知らなかったんですけど、一瞬で好きになりました。髪を結ぶのって、地味な動作だと思うんですが、生き生きとしてるように見えたんです。どこか見たことがあるというか、なんか落ち着くなって思ってたら、髪の毛結んでる時の私の表情と似てる。(こんなに可愛くない)ベルト・モリゾって、表情と体勢の描き方が凄く自然なんですね。画家さんに向かってこんなこと言うの失礼ですけど、よく見てますねって…

それで、男性は彼女か妻子がいないと、こんなの描けないんじゃないかなって思ったので、調べてみました。

みなさんビックリしないでくださいね。

 

実は、ベルト・モリゾ、女性画家だったんです!!

いや、ウィキペディアで調べたんですけど、思わず声が出ましたよ。「女性!?」って。「男性じゃないんかーい!」って。

まず、1893年に女性は絵を描ける時代だったのかって思いました。私の先入観と勉強不足で、この時代は男性しか絵を描くことが許されてないんじゃないかって思ってました。(これについては詳しく図書館で、当時の時代背景などを調べていきたいと思います。後に載せますね。)

そして更に見て行くと、

モリゾの画風は自然の緑を基調としたものが多く、穏やかで、母子の微笑ましい情景などが特徴的である。男性中心の19世紀における女性画家ということもあって、フェミニズム研究でのアプローチが多い。

 ベルト・モリゾ - Wikipedia

 

と、あります。  なるほど、この絵のように自然に髪を結う絵を描けたのは、彼女自身が女性であったこと、フェミニズム研究でのアプローチがあったからなのですね…髪を結う少女も、微笑ましい情景の一つなのかも知れません。

また、このような表記もありました。

ベルトと姉のエドマ・モリゾは二人とも画家の道を志した。ベルトとエドマは共に画学生として励んでいたが、エドマの方は結婚して子供ができたために画家への道を諦めた。二人の間にやり取りされた手紙には親愛の情があふれ、またベルトの方はエドマが絵を描くことを辞めざるを得なかったことを残念に思う気持ちが読み取れる。エドマはその後もベルトを心をこめて支えた。

ベルト・モリゾ - Wikipedia

 

なるほど、姉は結婚を機に画家への道をあきらめたんですね。美しい姉妹愛を育むような性格のベルトが、このような絵を描くのも納得です。そしてこの少女は誰なのかなと思いませんか?彼女の姉の子なのか、それとも彼女自身の子なのか。となると、彼女も結婚していたのかな、と。

調べてみると、これまた驚きの事実がありました。

 

1868年、モリゾはエドゥアール・マネに出会う。マネに絵画を学びながら、彼のモデルを多く務め、マネとの恋仲を噂されることもあった。基本的にマネが師でありモリゾが弟子であるとされているが、二人の間にはお互いに影響を与えあうものがあった。1874年、モリゾはマネの弟ウージェーヌ・マネと結婚した。1878年に娘ジュリーを出産。夫婦仲も良く、モリゾは夫や娘を題材にした作品を多く描いている。

ベルト・モリゾ - Wikipedia

 

なんとベルトは結婚して、娘を授かっていたのです。しかも私の大好きな画家の一人であるエドゥアール・マネの弟と。(マネもまた印象派の画家でした。)

そして1893年にこの絵は描かれていて、且つ結婚が1874年、娘が誕生したのが1878年ということは、およそ15歳の娘を描いたであろうことが推測されます。

彼女は髪を結う、年頃になった娘を微笑ましく思って見ていたのでしょう。日常生活でのありふれた誰も見ていないような場面をしっかりキャッチしています。

何気ないワンシーンですが、娘の成長を嬉しく感じる母の気持ちまでもが描かれた作品と言えますね。母という存在あっての作品です。

 

しかし悲しいことに、ベルトは54歳で亡くなってしまいます。

 

モリゾは1895年に54歳で死去するが、マラルメルノワールエドガー・ドガは、モリゾ夫妻が遺した一人娘、ジュリー・マネ[:fr]1878年11月14日生まれ、彼女もまた画家である)の後見人となる。

ベルト・モリゾ - Wikipedia

 

当時の平均寿命が45〜50歳であったことを考慮すると、多少は長生きしたように感じられますが、それでもやはり54年というのは短い時間です。娘と一緒に過ごせたのは、たったの17年です。

娘にとって母という存在は特別ですよね。母が描き残した絵はきっと、娘のジュリーにとって大切な形見になったでしょう。絵を通じての親子愛、とても儚くて美しいです。

 

 

 

…さて、少し悲しい終わり方になってしまいましたが、今回は「髪を結ぶ少女」ベルト・モリゾ 作、について書きました。

みなさんいかがでしたか?

今回のように歴史を遡ってみると、絵が描かれた時代背景や、そこに広がる新しい物語が見つかるかもしれません。本当に楽しいんです。是非美術館に足を運んで見てください。

そして、私の(未熟ですが)印象派オタクも以後露呈して行くと思います。美術に興味がない方もいらっしゃるでしょうが、この機会に是非騙されたと思って美術館に行ってみてください。

なお、美術展で特に好きになった8作品を一つの記事で全て書くのは窮屈なので、約8回に分けてあげて行きます。よって美術についての記事は、しばらく北斎ジャポニスムが続きます。(途中で料理とか本についての記事が入ると思うので、カテゴリから「北斎ジャポニスム」の記事だけが見れるようにしておきます。)

 

次は料理の記事です、楽しみにしていてください。(飯テロかまします。)

 

2018年2月2日金曜日 吉田